|
息子、現在奮闘中。
何に奮闘しているかというと、宿題。算数に英語のPhonics。 まだ、日本では、年長なんだし、勉強なんて。。。と甘く見ていたら、英語の綴りや本を読む宿題が次々に出る。 宿題も本人がやりたくなければ、そんなに無理しなくても、、と思うのだが、先生が厳しいらしく、やって行かねばならないのだと、本人ががんばりたいらしい。 9月から一年生になったという事を認識させられる。新しい先生もそれなりにきびしそう。 算数の宿題を見るのは私、英語の宿題を見るのは夫の役目だった。 夫はまだしも、私は、外国暮らしをするなんて、夢にも思わず、旅行の時にも夫や友人が話してくれたので、真面目に勉強した事が無かったのは、周知の事実である。更に、日本人全般が、そういう傾向にあると思うのだが、発音から推測してスペルを正しく書くなんて、更にそれを子供に理解させるなんて、考えただけでも気が遠くなる。 ただ、私はPhonicsで教えるということを知っていたし(少なくとも私の周りでは)だいたい(あくまでもだいたい)の読み方も知っていた。 だが、夫は、最初アルファベットをそのまま読む事しかわからない息子に、スベルを見せて、そのまま覚えさせようとしていた。ローマ字読みすら知らない息子にはスペル丸暗記である。三文字程度の簡単なもの、dog cat and などは、本当に丸暗記していた。しかし、限度がある。 教えている夫の横で、いらいらしている私。‘無理です、それじゃ’という私の警告を何度も無視し、ついに学校で先生との面談。新しい先生Ms・Mは息子の読み書きの進捗状況は、とてもひどいものであるということを私たちに告げる。前のグレードで教えた事を全く覚えていない上、教えても、全く理解しようとしないとの事。 前の年の事は、たぶん、先生の云う通り忘れてしまったのだろう。そして、教えても理解しないのは、、、おそらく夫との勉強のせい。丸暗記では、難しすぎる、が、息子は、今更、去年みんなとやっていたPhonicsをもう一度、学校でする気にはならないらしい。先生は、家でその手助けをしてほしいという。そして、夫はそんなやり方は知らないと、堂々と先生に宣わった。 夫に理解させようと、Ms.Mにどうやったら良いか、説明してもらう。少しずつPhonicsで読ませて理解させてくださいとのこと。 夫は衝撃を受けていた。先生に言われるまで、Phonicsという概念(?)を知らなかったのである。私としては、してやったり、だが、その時点で、2ヶ月以上足踏みをし、なぜ私の警告を素通りしてしまったのかと、後ほど夫を厳しく問いつめたのは、言うまでもない。 かくして、英語の宿題も、わたしがみることとなり、、、大丈夫なのだろうか。 私としては、4月から、日本人小学校、Phonicsより、ひらがなカタカナの方を、もうちょっとどうにかした方がいいんじゃないかと思っていた。 上手い具合に、こどもちゃ◯◯じのひらがな書き順マシーンなるものが届き、息子、せっせ、せっせとゲーム感覚で練習を始める。 そして「ママ、日本語って、英語よりずっと簡単!一つの文字で一つの発音なんだね!!簡単!簡単!」 簡単ならば、やって。 ふぅ〜。。こうして、夫と息子に振り回される毎日である。 # by hisa-i | 2009-11-23 23:35
息子、ただいま6歳。
5歳になった頃から、急に、習い事ができるようになった。 それ以前に習っていたのは、カンフー。香港に住んでいるし、飛んだりはねたりするのが好きな息子だから、合っているのではないかと思っていたら、習い始める人がいて、一緒に付いて行った。 息子は、カンフーの後に、お友達と遊ぶのは、とっても楽しいが、カンフー自体、全くやりたくない、、、というより、せっかく学校から帰ってきたのに、また、先生の言う事を聞いて、何かをしなくてはならない、と言う事に、かなり抵抗があるようだった。つまり、この頃は、習い事全般、彼としては、生活の中にあり得ない事だった。 引きずるようにして連れて行っていたのだが、そのうちに、一緒に習っていたお友達が、帰国になったり、学校の都合でやめたりして、もう、彼としては、カンフーを続ける理由がなくなってしまった。最後の方は、私も、幼稚園から帰った子供を遊ばせるためだけに連れて行っていたので、まあ、仕方ないかな、という感じでやめた。 それから1年と少し。今息子は、習い事のデパートである(なんじゃそりゃ)。はっきり言ってやらせすぎ。 学校の放課後クラスでサッカー、個人レッスンで、テニス、ゴルフ、バイオリン、英語の家庭教師。ちょっと多いな、と思った時には、本人は、全部気に入っていて、バイオリン以外は、上達もしており、やめさせる訳にもいかない。 バイオリンも1週間に10分くらいしか練習しないのに、先生が大好きなのか、バイオリンを弾いている自分が好きなのか、疲れ気味の時でも、ぐずぐずいいながらも、レッスンを受けてくる(全く持って、先生にとっては、いい迷惑な生徒であるが、上手に指導してくださり、感謝している)。そしてやめたくないのだそうだ。 時間をやりくりして、お友達と遊ぶ時間も充分あるのだが、あっという間に、1週間が過ぎて行く。 息子はついに疲れすぎて、お友達と遊ぶのが大好きなのに、家で休みたい!!なんという本末転倒な事態に。 6歳のこの時期、私的には、習い事より、一人っ子の息子には、友達と遊ぶ方が、ず〜〜っと必要な事と思っている。 ただ、テニスもゴルフもサッカーも上手にできた時のうれしい!という気持ちも大切にしてあげたい。どうしたら、いいのだろうか。。 そして、答えが出ないまま、息子にどんどん体力がついてくる。 成長するという事は、素晴らしい。時間が解決してくれそうである。(←母の希望) # by hisa-i | 2009-11-22 08:55
息子が嫌いな物
椎茸の裏 肉まんの裏 マットな印刷物を引っ掻く音 年末年始、日本に帰った時、実家には椎茸の盆栽があった。そしてそれはお正月に母が孫たちと収穫をしようと思っていた物だ。母は、そんな事が大好きで、今までも、プチトマトやさくらんぼ等を度々用意していたが、トマト嫌いだったり、酸っぱいもの嫌いだったりする家の息子は、素直に喜んだ事がない。 そして、今度も。いとこたちと椎茸をひとつづつ取った後、息子、いやー!と叫ぶ。 何事かと聞くと、これ、気持ち悪ーい、とまた叫ぶ。なに、なに、と聞くと、『椎茸の裏気持ち悪ーい』と叫ぶ。それが始まりで、香港に帰って来てからも、恒例と成りつつある週末の息子と朝ご飯を作りのときに、しめじの裏を見て『気持ち悪ーい』と叫びながら包丁で叩くようにみじん切り。 やはり、日本で夫が大好きな○村屋の肉まんを買って食べていた時の事。下の紙を剥がすと、また『気持ち悪ーい!』と叫ぶ。なんで、と聞くと『鳥がちゅんちゅんしたみたい(鳥がくちばしでつついたみたいという事らしい)だから、いやだー!』と。肉まんが膨らんだ時の気泡が、紙を剥がすと、裏の部分だけ見えるのである。なるべく見ないようにしながらも、時々おそるおそる見て、また『いやだー!気持ち悪ーい!!』と叫ぶ。 またある日、息子と昼寝をしながら本を読んでいると、私がページをめくった時に表紙を引っ掻いてしまったら、『その音、気持ち悪ーい』という。なんでと聞いても、『その音ヤダー!』というばかり。 そういえば、私も子供の頃から、気持ち悪ーいものがいくつかある。音は、金属同士のぶつかる音、これは、絶対だめで、今でも料理をする時にステンレスのボールでステンレスの泡立て器を使えない。家のボールはもう何年も前から、大きめのラーメンどんぶりで、泡立て器も、泡立てる部分に樹脂のカバーがあるものを使っている。母にも、妹にも、友達にも変わっていると言われたが、こんな音が大丈夫な人にびっくりしていた。そして、定期的に並んだドットにも、肌が粟立つような、気持ち悪さを感じていた。子供の頃、車の窓から見えた、高速道路の両壁の凹凸のあるドットがあるところでは、外を見ないようにしていた。さすがに今は見てももう何ともないが。 気持ち悪ーいといいながら、もう一度、おそるおそる見たりやってみたりと、恐いものみたさな仕草の息子を見ていると、かなりおかしい。 # by hisa-i | 2009-01-29 06:35
1月26日は農歴年初一、旧暦の元旦である。
旧暦の年末には、花市がある。花市とは、香港の大きな公園等でこの時期行われる、正月用の花や飾りを売っているところである。 香港に来た当初は、もの珍しさもあり、日本人なのに、なんでそんな事をしたいのかと心の中で思っている夫と息子を引っ張りだして、混雑している花市に行ったものだが、ここ数年、日本、香港と1ヶ月〜一ヶ月半の内に二回のお正月を経験するうちに、面倒になり、去年は、鼠の置物だけで済ませていた。 で、今年も、そんな事で済まそうと、牛の置物だけを探していた。去年は、バーゲン時期にBCBG MaxAzriaで買い物したら、素敵なガラスの鼠をもらったので、今年も寄ってみたのだが、今年はそんなプレゼントはしていないみたいなので、自分で買おうと、真面目に探し始めた。やっぱりガラスがいいなと思っていたので、ブランド天国香港で、バカラ、スワロフスキー等を見てみたが、獰猛そうなものや、大きすぎるものばかりでイメージと合わない。絶対に高価な物しかないからと避けていたラリックに行ってみると、小さめのガラスの牛発見!で、価格を見てみると、まあ、予算範囲内。その価格はなんと定価の1/3価格だという。この時期になんで値下げなのと聞くと、干支物なので、買い易いように、という分かるような、分からないような理由だった。町の中の旧正月用の飾りをみても、そういえば、牛の置き物や飾りはあまり見かけない。代わりに金魚が多いような。。。豚年(日本で言う亥年)の時は、街中に豚があふれていた事を思うと、随分の違いである。牛は人気がないのだろうか。。 夫に飾ってみせると、『良いんじゃない〜。でも花は?みかんは?』とのたまう。『今年はこれだけ。』と言うと、ちょっと寂しそう。 何年か恒例となると、大して好きでないものでも、無いと寂しいらしい。 斯くして、お手軽に近所のスーパーでみかんと水仙の鉢植えを購入。圓方では20ドルで花文字を書いてくれるという事で、「笑口常開」(笑う角には福来るの意味らしい)を書いてもらい、玄関に飾った。 笑顔の多い良い年になりますように。皆様よろしくお願いいたします。 ![]() ![]()
# by hisa-i | 2009-01-29 05:53
週中は、息子が7時半にスクールバスに乗るため、お弁当をつくっている私は、起床6時半、週末は、前日も夜更かししたり、朝もちょっと朝寝坊したい。
しかし、息子は、全く関係なく、夜は同じ時間に眠くなり、朝は7時前には目が覚める。 そして「あそぼ~」と騒ぎだす。 朝ご飯も食べずに、私は半分寝ながら、だらだら遊び相手をしているのだが、息子は、すぐにもっと真面目に遊んで欲しいと催促する。 そして、寝ている夫は9時半頃起きだして、週末だから、なんか朝ご飯ないの?(普段は朝ご飯は食べない)とのたまう。 この二人を納得させるために、ちょっと一計。息子と一緒にサンドイッチを作ろうという事になった。息子に一緒に作ろう!と言うと、わーい!サンドイッチ、お手伝い!と喜んでいる。 しかし、マヨネーズが足りない。息子、夫とも、多少マヨラー気味なので、マヨネーズが少ないサンドイッチ、おいしくないと言われそう。せっかく初めてつくるのだから、おいしく作りたいので、マヨネーズを買いに行く事にした。息子は買い物嫌いなので、私一人で買いに行こうとすると、パパもまだ寝ていてつまらないから行かないでくれという。 そこで、初めてのおつかいをさせる事にした。 といっても、テレビカメラがついている訳ではないし、こんなに朝早く(8時半頃、週末香港では常識外の早さである)一人で歩かせていると、会う人ごとにびっくりしてしまうので、後ろから着いて行く事にした。『後ろから着いて行くから全部一人でやってごらん』と。息子も張り切ってお金を持って行く。まだ、お金の数え方、教えてなかったのだが。 エレベーターも別々に乗り、10メートルくらい離れてついて行くと、不安なのか、時々振り向きながら、小走りでスーパーへ。 一緒に乗ると全然平気なエスカレーターで、バランスを崩し、ひやっとさせる事もあったが、無事スーパーに到着。 マヨネーズを渡してあげると(ここではどこにあるか店員さんに自分で聞いてもらいたかったのだが、次の機会に)レジへ一直線。レジが見えるところで見ていると、店員さん、かなり戸惑った様子。二言三言話、息子、お金を見せるが、お互い困っちゃった感じなので、出て行ってお金を渡した。 別の日に、同じ店員さんは「彼が買い物をしたいと言ったのだが、お金がないと買えないのよと言ったら、お金を見せてくれたんだけど、すぐに信じられなくて」と話してくれた。 ここでお買い物ごっこは終わりかなと思ったら、息子はちょっと怒った様子で「これじゃおつかいになんない!もっと離れていて!」という事なので、息子は一人でマヨネーズを持って帰らせた。 ちょっと物足りなそうな感じだったが、楽しかったようで、次はサンドイッチ作り。卵をつぶして、買って来たマヨネーズを混ぜて、パンにまたマヨネーズを塗って、パンにはさんで。 出来たサンドイッチ、どうしても、大きいまま食べたいというので、半分にだけ切って、夫と3人であっという間に食べてしまった。たぶん、今までで、一番美味しかった。 ![]() 写真は、少し食べてしまったそのサンドイッチ。 # by hisa-i | 2009-01-18 11:23
あけましておめでとうございます。
おそ過ぎですが、香港ではこれからもう一度NEW YEAR です(←いいわけ)。 年末年始、日本に帰って、息子が覚えて来たのは「うさぎとかめ」という歌だ。 短い日本滞在の上、年末年始というハンデもありながら、買い物に奔走していた私と夫は(ただし、ほとんどウィンドウショッピングに終わったが)何かと言えば階下にいる義父母に息子を預け、時には銀座で二人で食事!という快挙に出た。 何しろ息子は、買い物嫌い、外食嫌いときている。(ま、5歳児としては、当然といえば当然)そして、ジジババは唯一の孫の相手に体力を使う遊びをしてくれるので、パパママといるよりず〜〜っと楽しいし、ジジババもまた、数少ない孫と遊べるチャンスを無駄にするものかと意気込んでいる。というわけで、三者の利益一致と言うわけである。 で、覚えて来たのが、‘もしもしかめよ〜’の、「うさぎとかめ」。私は、一番しか知らなかったのだが、イソップ童話の物語通り、4番まであり、うさぎ、かめ、うさぎ、かめの掛け合いで成っている。息子は2番まですらすら歌えるようになり、私にも一緒に歌ってくれとせがむので、2番の歌詞を息子に教えてもらいながら歌っていると、 なにをおっしゃる うさぎさん それならふたりで かけくらべ むこうのおやまの ふもとまで どちらがさきに おいつくか 以前友達にも指摘されたが、私は、歌の音程、リズム、歌詞にキビシいらしい。 息子が産まれてすぐに姑がめちゃくちゃに子守唄を歌うので、歌うのをやめてもらった事もある。 そして今回もこの歌詞、さいごの‘おいつくか’を聴いて????となってしまった。「競争するのに、追いつくってことはないんじゃないの?」と息子に聞くと、「おばあちゃんが教えてくれたもん、絶対に間違っていない!」という。 童謡は、単純に歌を楽しむ以外にも、自然に言葉を覚えられるものと思っているため、私もここでは引けない。 「どちらがさきに、つくでしょう、とかじゃない?」と聞き返したら、やはり「絶対、絶対ちがう!」と言う。で、調べると、「かけつくか」であった。 『かけつく』という言葉は、普通に使うの言葉なのだろうか? ただ、意味はこちらの方が腑に落ちるし、何しろ作詞家の書いた正しい歌詞なので、息子に伝えると、怒りを溜めている様子で「絶対にちがうもん!」と完全否定。私は、姑にしてやられた!と思った。(たぶん、姑は、何もしてないし思ってもいないのだが) 一緒に歌っていても、この部分だけ別々に歌い、息子が怒りだす、私も引かない、強情親子の意地の張り合いである。 その後、お風呂に一緒に入った時、やはり、むすこが歌いだす。歌ってくれと言われなかったので、一人で歌わせていると、歌を止め、湯気で曇ったガラスに‘もしもし’とひらがなで書き始めた。最近ひらがなを書く意欲は多少でてきたものの、自発的に書くことは無かったし、「し」はかけても、「も」はかけないと思っていたので、びっくりして、夫にすぐに報告!夫とすごいすごいの連発で息子も得意げだった。実際、とても嬉しかった。 お義母様、今回は、完全に負けました。 # by hisa-i | 2009-01-16 07:11
先週、息子が5歳になった。
息子にとって、誕生日というのは、自分の成長を確認する最も身近な出来事の様で、5歳になる1ヶ月前くらいから、いろいろと、誓いを立てていた。 5歳になったら、浮き輪なしで泳ぐ練習をしてみる。 5歳になったら、ママのお手伝いをたくさんする。 5歳になったら、文字の練習をする。 : : などなどである。 どれもこれも、こちらから言い出した事ではなく、本人が決めた事である。 息子は、プールや海で遊ぶのが大好きではないが、好きである。手放せないのが浮き輪。 南の島のビーチに行くと、シュノーケリングをするのだが、息子は浮き輪をしたまま、海の中を見る事もなく、魚に餌をあげている。海の中をちょっとでも覗ければ楽しいのにと、前回行った時は、水泳のコーチをつけたのだが、とても嫌がり、コーチに、この子はまだ泳ぎを習う準備ができていないと言われてしまった。ま、本人が楽しんでいるのなら、浮き輪でもかまわないか、、と、こちらも諦めて、この夏も、浮き輪でプールを楽しんでいた。 しかし、見た目も大きくなってくると、浮き輪を持っている図も可愛らしくなくなってくる。で、また、浮き輪を外す練習を勧めてみると、じゃ、5歳になってから、という訳である。結局、5歳になる直前にパパやお友達と練習をして、少しずつ出来るようになってきた。 お手伝いは、料理やお菓子作りの時に、卵を割ったり、混ぜたりなどなどを気が向いた時だけ、手伝ってくれる。今日もドーナツを作る時に、卵を割って砂糖とバターを混ぜるところまで一緒にやった。出来立てのドーナツ、とてもおいしかったのだが、息子は‘ぼくが手伝ったからおいしくなった!’と誇らしげ。 文字の練習は、新しい学校になったのをきっかけに、かわいい先生の指導のもとに練習をしているようだ。まだ、1ヶ月と少しなのに、随分筆圧が強くなり、自分の名前を左から右に並べてかけるようになった。 少し前までは、文字の上下左右を自由に書いたり、わざと二列に書いたり、文字を重ねたりしていたのだが、お友達に誕生日プレゼントのお礼カードを書かせたら、見本を見せなくても、アルファベットで言っただけで、書けるようになっていた。息子なりに大進歩である。 自分で決めた事をちょっとずつでも達成させてきている。 息子が、何に対しても、やる気がでるまで、じっくり寛容になることが、ママになって5歳の私の誓いである。 # by HISA-I | 2008-10-06 03:22
広東語を習い始めた。2ヶ月間週2回のコースである。香港に住んで、4年と3ヶ月、かなり重い腰を上げたのである。
ほとんどの友達が、日本語を話し、息子の学校関係も、英語が全く話せない人はいないので、英語の方をもっと勉強した方がよいと思うのだが、エレベーターの中での香港人同士の会話、街の中医の先生が言っている事などを知りたいと思った。いつもマンションの掃除をしてくれている人は優しい笑顔を向けてくれるのだが、お互い「早晨(おはよう)」というだけなので、もう少し挨拶を膨らませたいと思ったり、また、新聞やテレビの字幕など、ごくごく単純な事は、その漢字から推理できるのだが、少しでも習ったら、随分わかるようになるんじゃないか、、、という思いからである。といろいろ理由は挙げられるのだが、さっぱり上手くならない英語より、街中至る所から聞こえてくる広東語の方が、上達した感じを得られるのでは、というのが一番の理由だろうか。 習い始めて、2週間、まだまだ使えるレベルではないのだが、タクシーに乗った時に「ひょんごんげげいちゅんじゃむ(香港のエアポートエキスプレスの駅)」と言ってみる。発音が心配だったが、何とか通じたようだった。 また買い物をした際、他の物も入れたかったので、英語でもう少し大きめの袋をくださいと頼んだのだが通じず、袋を指し示し「大少少(だーいしうしう もう少し大きい)」と言ってみると、すぐに大きめの袋が出て来た。 今日、スーパーで買い物していると、「今、何時?」とか「何買う?」と聞こえて来て、面白い(どのくらい正しいかは不明だが)。 そして、買い物が終わり、レジへ。いつもレジ袋は必要ですか?と広東語で聞かれるので、今日はそれを聞き取って広東語で答えようと思っていた。 身構えていると、言葉の様子が違う。先生に習ったのは「洗唔洗〜(さいむさい 必要ですか?)」という言葉。しかしレジの人は「ようめいよ〜?」と聞いてきた。身構えていただけに、軽くショックで、言葉で答えるより首をたてに振るのが精一杯だった。 広東語で聞かれていたと思ったのは、実は北京語だった。広東語を習い始めて、初めて気がついた。 香港に来た当初はスーパーでは、必ず、英語で聞かれていた。最近、広東語が多いな〜と思っていたのだが、実は、いつも北京語だったのだろうか。それは、何故か?いつの日からか?、、、今となってはわからない。 # by hisa-i | 2008-09-29 03:38
前の幼稚園では、そんなことはなかったのだが、最近息子は学校で友達と遊ぶ約束をしてくる。といっても、それが果たされた事は無いのだが。
相手は、同じクラスのネパール人の男の子。 息子がスクールバスで帰ってくると、開口一番、「あしたTが遊びに来てください」と言ってたよ(前からそうなのだが、英語で聞いた言葉を日本語にする時には丁寧語になるのは何故か。)、というので、「ママ、Tのお家知らないし、困ったな〜」というと、「じゃあ、電話で聞いてみれば!!」という。 約束して来たのは、この時が初めてではない。それまでは、なんとなく、「お友達できたんだ〜」とか「今日はTと何して遊んだの〜?」とか話を逸らして誤摩化して来たのだが、そろそろ誤摩化せない。ということで、パパに頼み、電話をする事にした。 電話をしてみると、仕事中のTのパパが出た。約束した日は他に習い事があって、夕方遅くに帰ってくるので、遊ぶのは難しいとの事。また連絡を取り合いましょうと話し、電話を切った。電話をしたということで、一応息子は納得。 そして、今日、帰ってくると、「ママ、Tが明日ゴルフ一緒にしてくださいって言ってた」という。4歳児がゴルフ!?とあまりの似合わぬ約束に笑ってしまったのだが、つまるところ、Tは学校の課外活動のゴルフをやっているらしい。 前の幼稚園の課外授業では、1タームしか続かなかったので、とりあえず今回のゴルフのお知らせが学校から来た時も、見送ったのだが、またやりたいというならば、、と聞いてみると、「Tは明日だけって言ってたよ」という。しばらく続けるんだよ、と説明すると、即座に「じゃ、やだ!」ということ。これでまた、Tとは放課後に遊ぶ約束は果たされない。 日本にいる甥は、幼稚園の時に近所に住む友達と初約束をして、ママである妹を喜ばせていたが、我が家では、お友達との遊ぶ約束が果たされるのはいつの日か、それは親にかかっているらしい。 言葉の壁、コミュニケーション能力の壁、息子をやる気にさせる教育(?)の壁。 人生半ばにして、まだまだ壁は立ちはだかる。 # by hisa-i | 2008-09-26 06:41
日記を放置して一年、読み返していると、あんなに幼稚園を嫌がっていた息子は、この一年で徐々に英語を話すようになり、気の合う香港人の友達も何人か出来、毎日、幼稚園生活を楽しんでいた。
朝、幼稚園に行くと、先に来ていた友達たちが、それほど広くない教室をわらわらとかけて来て、‘行こうぜ!’とばかりに迎えに来て、息子を含めた数人で、ダダダダッ!!と脱兎のごとく走り去り、先生に『ママに再見(バイバイ)を言いなさい』と促されて、やっと遠くから、‘もう早く帰ってよ’とばかり手を雑にバイバイと振る姿に、私は、ほっとするような、寂しいような複雑な気持ちだった。最後まで、昼寝は、嫌がっていたのだが。 先生も、大好きだった様で、家に帰ってくると、よく王老師(王先生ということ)が、、、とか、ミスエレンが、、、、とか、ミスシェリーが、、、、などと、友達の名前に加えて話題に上っていた。 先生と私たちとの面談の日には、さぞかし息子に手を焼いているんじゃないかと‘ごめんなさいね〜’みたいなことを言うと、先生たち全員一斉に「そんな謝らないでいいわよ〜、○○はとってもかわいいから!!!♡♡♡」という反応に驚いた。 先生が言うには「I'm sorry、とThank youをいつも良いタイミングで言うので、ついついいけないことをしても、『いいのよ〜』とハグしてしまうのよ」とか、いつも髪を結っている先生がおろしてくると、そっちの方が好きとなどと、先生を喜ばしているようだった。夫と顔を見合わせて、あなたもそうだった??と聞くと、「いや全然。。」という答え。もちろん、私もそういうタイプではなかった。 さて、こんな風に良い感じのクラスだったので、日本人小学校に上がるまでは、幼稚園をかえたくなかったのだが、そうはいかない。イギリス式(こういう言い方をするのだろうか)だと、5歳になるこの年から小学校に上がる。多くの友達はESFという半公立のイギリス系の小学校へ進むために、11月頃から1月頃にかけて試験を受けた。結果、幼稚園の生徒はほとんどいなくなり、おまけに午後だけのクラスになってしまう。それでは、幼稚園の意味を成さなくなってしまうので、今年の初め頃から、私たちも幼稚園探しを始めたのだが、、、。よさそうだと思う幼稚園は、どこの幼稚園も状況的にさほど違う訳でもなく、結局私立のHIGH SCHOOLまである学校の小学校に行く事にした。 日本人小学校に入るまでは、思いっきり遊ばせたいと思っていたので、この年で小学校!?とかなり、心配だったのだが、面接の時に校長先生から、「この学年は、まだ幼稚園の年だから、勉強は、重要じゃないわよ〜(←女の先生)」と言われたので、安心した。 そして夫は、何度も何度も「女の先生にして欲しい」と頼んでいた。横で聞いてた私は、「またなんか変な事にこだわって〜〜、」と思っていたのだが。。。 8月の入学準備の日、先生を紹介された。夫の顔が真剣である。前には先生らしき人2人。西洋人の男性と、東洋人の女性。英語が上手くなるといいな〜ということでインターにいれているのだから、ビジュアル的には西洋人の男性の方がいいかも、、、と思っている私の横で、夫が審判を受ける前のような顔をしている。そして、女の先生が寄って来て、、、果たして彼女が先生だった。 帰りの車の中で、夫は息子に「良かったな、良かったな」と何度も言っている。息子は早くも照れモード。そして、何がそんなに重要なのかわからない私。 だが、学校が始まってすぐにわかった。息子は、全くなんの問題もなく学校に通っている。楽しいようだ。また、最近始めたこどもチャレンジをやりながら、「ママ、勉強って大切だよね!」なんて言っている。そういう年齢になってきたのかもしれないが、先生が言っていたとも思われる。 母親の私には、わからない夫のこだわり、吉とでて、とりあえず、去年のような苦労なく学校に元気よく通っている。 # by hisa-i | 2008-09-12 08:13
|
最新のコメント
お気に入りブログ
カテゴリ
以前の記事
メールはこちらへ
hisa-a@sc4.so-net.ne.jp ライフログ
ネームカード
おすすめキーワード(PR)
ファン
|