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広東語を習い始めて気がついた事

広東語を習い始めた。2ヶ月間週2回のコースである。香港に住んで、4年と3ヶ月、かなり重い腰を上げたのである。
ほとんどの友達が、日本語を話し、息子の学校関係も、英語が全く話せない人はいないので、英語の方をもっと勉強した方がよいと思うのだが、エレベーターの中での香港人同士の会話、街の中医の先生が言っている事などを知りたいと思った。いつもマンションの掃除をしてくれている人は優しい笑顔を向けてくれるのだが、お互い「早晨(おはよう)」というだけなので、もう少し挨拶を膨らませたいと思ったり、また、新聞やテレビの字幕など、ごくごく単純な事は、その漢字から推理できるのだが、少しでも習ったら、随分わかるようになるんじゃないか、、、という思いからである。といろいろ理由は挙げられるのだが、さっぱり上手くならない英語より、街中至る所から聞こえてくる広東語の方が、上達した感じを得られるのでは、というのが一番の理由だろうか。
習い始めて、2週間、まだまだ使えるレベルではないのだが、タクシーに乗った時に「ひょんごんげげいちゅんじゃむ(香港のエアポートエキスプレスの駅)」と言ってみる。発音が心配だったが、何とか通じたようだった。
また買い物をした際、他の物も入れたかったので、英語でもう少し大きめの袋をくださいと頼んだのだが通じず、袋を指し示し「大少少(だーいしうしう もう少し大きい)」と言ってみると、すぐに大きめの袋が出て来た。
今日、スーパーで買い物していると、「今、何時?」とか「何買う?」と聞こえて来て、面白い(どのくらい正しいかは不明だが)。
そして、買い物が終わり、レジへ。いつもレジ袋は必要ですか?と広東語で聞かれるので、今日はそれを聞き取って広東語で答えようと思っていた。
身構えていると、言葉の様子が違う。先生に習ったのは「洗唔洗〜(さいむさい 必要ですか?)」という言葉。しかしレジの人は「ようめいよ〜?」と聞いてきた。身構えていただけに、軽くショックで、言葉で答えるより首をたてに振るのが精一杯だった。
広東語で聞かれていたと思ったのは、実は北京語だった。広東語を習い始めて、初めて気がついた。
香港に来た当初はスーパーでは、必ず、英語で聞かれていた。最近、広東語が多いな〜と思っていたのだが、実は、いつも北京語だったのだろうか。それは、何故か?いつの日からか?、、、今となってはわからない。
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by hisa-i | 2008-09-29 03:38

お友達と約束の壁

前の幼稚園では、そんなことはなかったのだが、最近息子は学校で友達と遊ぶ約束をしてくる。といっても、それが果たされた事は無いのだが。
相手は、同じクラスのネパール人の男の子。
息子がスクールバスで帰ってくると、開口一番、「あしたTが遊びに来てください」と言ってたよ(前からそうなのだが、英語で聞いた言葉を日本語にする時には丁寧語になるのは何故か。)、というので、「ママ、Tのお家知らないし、困ったな〜」というと、「じゃあ、電話で聞いてみれば!!」という。
約束して来たのは、この時が初めてではない。それまでは、なんとなく、「お友達できたんだ〜」とか「今日はTと何して遊んだの〜?」とか話を逸らして誤摩化して来たのだが、そろそろ誤摩化せない。ということで、パパに頼み、電話をする事にした。
電話をしてみると、仕事中のTのパパが出た。約束した日は他に習い事があって、夕方遅くに帰ってくるので、遊ぶのは難しいとの事。また連絡を取り合いましょうと話し、電話を切った。電話をしたということで、一応息子は納得。
そして、今日、帰ってくると、「ママ、Tが明日ゴルフ一緒にしてくださいって言ってた」という。4歳児がゴルフ!?とあまりの似合わぬ約束に笑ってしまったのだが、つまるところ、Tは学校の課外活動のゴルフをやっているらしい。
前の幼稚園の課外授業では、1タームしか続かなかったので、とりあえず今回のゴルフのお知らせが学校から来た時も、見送ったのだが、またやりたいというならば、、と聞いてみると、「Tは明日だけって言ってたよ」という。しばらく続けるんだよ、と説明すると、即座に「じゃ、やだ!」ということ。これでまた、Tとは放課後に遊ぶ約束は果たされない。
日本にいる甥は、幼稚園の時に近所に住む友達と初約束をして、ママである妹を喜ばせていたが、我が家では、お友達との遊ぶ約束が果たされるのはいつの日か、それは親にかかっているらしい。
言葉の壁、コミュニケーション能力の壁、息子をやる気にさせる教育(?)の壁。
人生半ばにして、まだまだ壁は立ちはだかる。
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by hisa-i | 2008-09-26 06:41

新しい学校へ

日記を放置して一年、読み返していると、あんなに幼稚園を嫌がっていた息子は、この一年で徐々に英語を話すようになり、気の合う香港人の友達も何人か出来、毎日、幼稚園生活を楽しんでいた。
朝、幼稚園に行くと、先に来ていた友達たちが、それほど広くない教室をわらわらとかけて来て、‘行こうぜ!’とばかりに迎えに来て、息子を含めた数人で、ダダダダッ!!と脱兎のごとく走り去り、先生に『ママに再見(バイバイ)を言いなさい』と促されて、やっと遠くから、‘もう早く帰ってよ’とばかり手を雑にバイバイと振る姿に、私は、ほっとするような、寂しいような複雑な気持ちだった。最後まで、昼寝は、嫌がっていたのだが。
先生も、大好きだった様で、家に帰ってくると、よく王老師(王先生ということ)が、、、とか、ミスエレンが、、、、とか、ミスシェリーが、、、、などと、友達の名前に加えて話題に上っていた。
先生と私たちとの面談の日には、さぞかし息子に手を焼いているんじゃないかと‘ごめんなさいね〜’みたいなことを言うと、先生たち全員一斉に「そんな謝らないでいいわよ〜、○○はとってもかわいいから!!!♡♡♡」という反応に驚いた。
先生が言うには「I'm sorry、とThank youをいつも良いタイミングで言うので、ついついいけないことをしても、『いいのよ〜』とハグしてしまうのよ」とか、いつも髪を結っている先生がおろしてくると、そっちの方が好きとなどと、先生を喜ばしているようだった。夫と顔を見合わせて、あなたもそうだった??と聞くと、「いや全然。。」という答え。もちろん、私もそういうタイプではなかった。
さて、こんな風に良い感じのクラスだったので、日本人小学校に上がるまでは、幼稚園をかえたくなかったのだが、そうはいかない。イギリス式(こういう言い方をするのだろうか)だと、5歳になるこの年から小学校に上がる。多くの友達はESFという半公立のイギリス系の小学校へ進むために、11月頃から1月頃にかけて試験を受けた。結果、幼稚園の生徒はほとんどいなくなり、おまけに午後だけのクラスになってしまう。それでは、幼稚園の意味を成さなくなってしまうので、今年の初め頃から、私たちも幼稚園探しを始めたのだが、、、。よさそうだと思う幼稚園は、どこの幼稚園も状況的にさほど違う訳でもなく、結局私立のHIGH SCHOOLまである学校の小学校に行く事にした。
日本人小学校に入るまでは、思いっきり遊ばせたいと思っていたので、この年で小学校!?とかなり、心配だったのだが、面接の時に校長先生から、「この学年は、まだ幼稚園の年だから、勉強は、重要じゃないわよ〜(←女の先生)」と言われたので、安心した。
そして夫は、何度も何度も「女の先生にして欲しい」と頼んでいた。横で聞いてた私は、「またなんか変な事にこだわって〜〜、」と思っていたのだが。。。

8月の入学準備の日、先生を紹介された。夫の顔が真剣である。前には先生らしき人2人。西洋人の男性と、東洋人の女性。英語が上手くなるといいな〜ということでインターにいれているのだから、ビジュアル的には西洋人の男性の方がいいかも、、、と思っている私の横で、夫が審判を受ける前のような顔をしている。そして、女の先生が寄って来て、、、果たして彼女が先生だった。
帰りの車の中で、夫は息子に「良かったな、良かったな」と何度も言っている。息子は早くも照れモード。そして、何がそんなに重要なのかわからない私。
だが、学校が始まってすぐにわかった。息子は、全くなんの問題もなく学校に通っている。楽しいようだ。また、最近始めたこどもチャレンジをやりながら、「ママ、勉強って大切だよね!」なんて言っている。そういう年齢になってきたのかもしれないが、先生が言っていたとも思われる。
母親の私には、わからない夫のこだわり、吉とでて、とりあえず、去年のような苦労なく学校に元気よく通っている。
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by hisa-i | 2008-09-12 08:13