新しい学校へ

日記を放置して一年、読み返していると、あんなに幼稚園を嫌がっていた息子は、この一年で徐々に英語を話すようになり、気の合う香港人の友達も何人か出来、毎日、幼稚園生活を楽しんでいた。
朝、幼稚園に行くと、先に来ていた友達たちが、それほど広くない教室をわらわらとかけて来て、‘行こうぜ!’とばかりに迎えに来て、息子を含めた数人で、ダダダダッ!!と脱兎のごとく走り去り、先生に『ママに再見(バイバイ)を言いなさい』と促されて、やっと遠くから、‘もう早く帰ってよ’とばかり手を雑にバイバイと振る姿に、私は、ほっとするような、寂しいような複雑な気持ちだった。最後まで、昼寝は、嫌がっていたのだが。
先生も、大好きだった様で、家に帰ってくると、よく王老師(王先生ということ)が、、、とか、ミスエレンが、、、、とか、ミスシェリーが、、、、などと、友達の名前に加えて話題に上っていた。
先生と私たちとの面談の日には、さぞかし息子に手を焼いているんじゃないかと‘ごめんなさいね〜’みたいなことを言うと、先生たち全員一斉に「そんな謝らないでいいわよ〜、○○はとってもかわいいから!!!♡♡♡」という反応に驚いた。
先生が言うには「I'm sorry、とThank youをいつも良いタイミングで言うので、ついついいけないことをしても、『いいのよ〜』とハグしてしまうのよ」とか、いつも髪を結っている先生がおろしてくると、そっちの方が好きとなどと、先生を喜ばしているようだった。夫と顔を見合わせて、あなたもそうだった??と聞くと、「いや全然。。」という答え。もちろん、私もそういうタイプではなかった。
さて、こんな風に良い感じのクラスだったので、日本人小学校に上がるまでは、幼稚園をかえたくなかったのだが、そうはいかない。イギリス式(こういう言い方をするのだろうか)だと、5歳になるこの年から小学校に上がる。多くの友達はESFという半公立のイギリス系の小学校へ進むために、11月頃から1月頃にかけて試験を受けた。結果、幼稚園の生徒はほとんどいなくなり、おまけに午後だけのクラスになってしまう。それでは、幼稚園の意味を成さなくなってしまうので、今年の初め頃から、私たちも幼稚園探しを始めたのだが、、、。よさそうだと思う幼稚園は、どこの幼稚園も状況的にさほど違う訳でもなく、結局私立のHIGH SCHOOLまである学校の小学校に行く事にした。
日本人小学校に入るまでは、思いっきり遊ばせたいと思っていたので、この年で小学校!?とかなり、心配だったのだが、面接の時に校長先生から、「この学年は、まだ幼稚園の年だから、勉強は、重要じゃないわよ〜(←女の先生)」と言われたので、安心した。
そして夫は、何度も何度も「女の先生にして欲しい」と頼んでいた。横で聞いてた私は、「またなんか変な事にこだわって〜〜、」と思っていたのだが。。。

8月の入学準備の日、先生を紹介された。夫の顔が真剣である。前には先生らしき人2人。西洋人の男性と、東洋人の女性。英語が上手くなるといいな〜ということでインターにいれているのだから、ビジュアル的には西洋人の男性の方がいいかも、、、と思っている私の横で、夫が審判を受ける前のような顔をしている。そして、女の先生が寄って来て、、、果たして彼女が先生だった。
帰りの車の中で、夫は息子に「良かったな、良かったな」と何度も言っている。息子は早くも照れモード。そして、何がそんなに重要なのかわからない私。
だが、学校が始まってすぐにわかった。息子は、全くなんの問題もなく学校に通っている。楽しいようだ。また、最近始めたこどもチャレンジをやりながら、「ママ、勉強って大切だよね!」なんて言っている。そういう年齢になってきたのかもしれないが、先生が言っていたとも思われる。
母親の私には、わからない夫のこだわり、吉とでて、とりあえず、去年のような苦労なく学校に元気よく通っている。
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# by hisa-i | 2008-09-12 08:13

ようやく慣れてきました

新学期が9月から始まるとともに、息子はK2(日本で言う年中)になった。
息子の行っている幼稚園はかなり自由度は高い。午後も北京語、英語の二コマになっていて、息子は午前クラスに加え、午後の英語クラスを月曜から木曜日、英語力強化の為に、取ることにした。英語強化のためだけが目的ではない、という人もいる。
そんな母親の心を覗くように、息子は、幼稚園に行くのをいやがった。
お弁当の時間とお昼寝の時間を特にいやがる。
なので、何がいやなのか(つまるところ家で遊びたいのだが)聞いてみると、
お弁当が冷たい、水筒の水が冷たくない、歯ブラシを持っていきたい、お昼寝のとき気持ち悪い、寝たくない、お昼の時誰も遊んでくれないと言うことだった。
毎朝毎朝、幼稚園で30分以上、教室に入るの、入らないのと押し問答していたら、こちらも、ほとほと参ってしまった。それを解消するために、そして、息子の楽しい幼稚園生活の為に、まずIKEAに行った。ちょうど良い柔らかいオレンジ系のタオルケットを選び、枕カバーが見つからなかったので、タオルを購入して端を縫いボタンを付けて簡単枕カバーにした。我ながらうまくできたので、息子に『どう?』と聞くと気に入ったとのこと。
そして、次は、お弁当箱と水筒。近所にある日本の食器等を売っている店に行き、バズ・ライトイヤーの真空魔法瓶と真空保温のお弁当箱を購入。そして、最近気に入っていた絵本、
「ラチとらいおん」(ラチという弱虫の少年が突然現れたらいおんに手助けされて強くなっていくお話)のらいおんがたまたま近くのスーパーで売っていたので購入。
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次の日は、新しい毛布と枕カバーを持って、新しいお弁当箱にお弁当を詰め、水筒に冷たいペリエを入れ、歯ブラシを持ち、お昼寝のときに一緒に遊びなさいとらいおんを持たせた。
これでもか!というこちらおサービスに対して、息子はうれしいようだったが、それでも幼稚園は嫌なようだった。お昼の時間に一緒に食べる子供がまだ2、3人だったらしい。それに対しては、夫は先生にできるだけ楽しく食べるようにお願いしたりしてみたのだが、その後2週間くらいぐずぐず。1日だけ、つれて帰ってみると、楽しそうに遊んでいる。これではいけないと、その後は先生に託しておいてきていたら、慣れてきた。お昼のときに一緒に食べる一つ下のNくんともすっかり仲良くなったようだ。
ある日「Nくんがいつもぼくのことを呼んで、遊ぼう遊ぼうっていうんだよ〜」とうれしそうに言うので、「○ちゃんがすきだからなんじゃないの〜?」と言ったら、「どうして好きなのかな?」というと、少しうつむき加減で「ぼくがかっこいいからじゃないかな」だって!
いつまでも、かっこいいおにいちゃんでいてほしいものだ。
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# by HISA-I | 2007-10-09 07:34

日本の夏休み終わる

7ヶ月ぶりの日本滞在があっという間に過ぎて行った。
なんだかんだと忙しく、思うように買い物も出来なかった、と思っていたら、スーツケースの他に段ボール2箱になってしまい、結局EMSで送る事になってしまった。
帰る間際に、友達が、既にお上りさんとなっている私のために、六本木ヒルズの中のROY'Sで夕食会を開いてくれた。
息子に日本で買ったおもちゃをたっぷり持たせておじいちゃんとおばあちゃんの家へ向わせ、私は、地下鉄とタクシーで六本木ヒルズへ。
香港に来る前にはもうあったにもかかわらず、初六本木ヒルズである。
タクシーに乗るとすぐにビル群が見えて来て、タクシーの運転手さんに、「六本木ヒルズって巨大ですね〜〜」なんて気分高揚気味に話しかけ、友達に電話で、下車ポイントを教えてもらい、到着。
方向音痴な私は、その巨大なビル郡の中で、右も左もわからなくなり、営業ウーマンとして働いていた時に何回も取引先へ訪れていた近くだったというのに、全く自分の位置を把握出来ない状態だった。ゆっくり時間のある時に来ていたら、段ボール箱があともう1箱増えていた事は確実だった。
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ROY'Sに常連の友達のおかげで、窓際の東京タワーの正面に座らせていただきました。
(やはり、こういう写真は飲む前に撮るものである)
いつもの様に何故か笑ってばかり(メイさん笑い皺とれた??)の数時間、毎度の事ながら、帰国のメインイベントです。

b0003621_4334663.jpgそして、最後に、なんと、8月お誕生日の私のためにスタッフからの歌のプレゼント!!
もうそろそろ毎年若返りたい歳なんだけど、うれし、はずかしのプレゼントだった。
毎年8月に帰る私は、こんな友人たちに祝えてもらえて幸せ者である。
本当にいつもありがとう!
ただ、帰り際に、私以外の3人が、ドンペリのかき氷を食べに行く計画を立てているのは、涙をのんで聞いていた(食べた感想是非聞かせてね〜(泣))。


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# by hisa-i | 2007-08-25 04:31

たのしかった!と言ってもらえると。。(夏休みの記録)

日本の特に夏休みには、子供の喜びそうなイベントが盛りだくさん。
今回もう随分聞き分けのよくなったと思っていた、息子とのお出かけ計画をいくつか立てていた。
一つは、ゲキレンジャーショー。これは、香港から、今年の6月に帰国したお友達と、関西に一時帰国していたSくんが東京に来て、3親子で見に行った。その後おもちゃ王国へ。子供の好きな事盛りだくさんで、大満足な一日。

また、その前日はSくんとオペラシティーの夏祭りアーツシャワーへ。これも、ちょっと難しいかな?と思っていたのだが、結構、好き勝手に遊べて楽しかった。
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そして、パパと合流して、再び京都旅行。あの大好きな仲居さんとの再会、鵜飼いの見学、貴船での川床料理、太秦映画村でまたまたゲキレンジャーと握手、仮面ライダー電王からオ●●●ンCをもらう、など、息子も楽しんでいた様だ。
その後、大阪に行き、やはり帰国したお友達と再会。

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お腹にいる時からのお友達とピアレッタにいったり、いとこたちと家の庭で水遊びをしたり、よみうりランドにいったり、特に同じ男の子のいとことは、ゲキレンジャーごっこをいやと言う程やったり、といとこたちとの交流も充実。
後半にはRYOPYさんと息子のコウタンと、大江戸博物館での鉄道博に行き、またお家に呼んでいただいて、じゃぶじゃぶ池で水遊びをし、天然氷で作ったかきごおりを下町情緒たっぷりの商店街でいただき、天然氷の口溶けの良さに感激した。RYOPYさん、本当にお世話になりました。
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いろいろなお友達と過ごす事が出来て、それぞれ楽しかったようだ。

二人で行ったところというと、まず、日本フィルハーモニーの夏休みファミリーコンサート。最初のオーケストラや楽器の説明、演奏は、なんとか聞いていたが、次の白鳥の湖(実際にバレリーナが出演)は、耐えられなった。こっそり外へ出たものの、ママのがっかりした顔を見て(私は息子を押さえながらも、日本フィルって、こんなに良いのね〜と聴き入っていた)もう一度入りたいと、再びだだをこね、係の方に案内してもらい、もう一度入った。終わった後は、お互いぐったり。随分聞き分けがよく大きくなったとはいえ、まだまだ早かったんだろうか。
また、ゲキレンジャーの映画のあと、サンシャインでやっていたウルトラマンショーにも二人で行った。喜んで走り回る息子を追いかけ回しながら、ウルトラマンショーも見て、こちらはぐったり。
でも息子は「たのしかったね。ママ、ウルトラマン行ってくれてありがと」だって。
こちらの思惑通りには動かない息子だが、殺し文句はよく心得ている。b0003621_5292129.jpg
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# by hisa-i | 2007-08-25 03:35

久々の東京に帰った浦島花子、豆腐にびっくりする。

7月の中旬に東京に帰って来た。
前回は、お正月だったので、7ヶ月ぶりである。
息子が産まれてから、私と息子の行動範囲は最寄り駅から数駅の駅周辺に限られていたので、今回は、東京の南の方へ行動範囲を延ばしてみたいと思い、息子を駒沢公園近くのサマースクールに入れたり(家から車で片道1時間以上!5日間とはいえ、よく送り迎えをしたものだと思う)、東京に帰ってくる度に会う、息子とほぼ同じ月齢のお友達たちとの約束も二子玉川のピアレッテにしてみたり、お友達との食事も渋谷にしてみたり、様々、画策している。
で、思った事は、まる3年も離れてしまうと、かなり生活に不自由するということだ。
地下鉄には変な番号がついているし(これは別に不自由ではない、多分知っている人にとっては便利なんだろう)、いつのまにかsuicaが使えるようになっている。地下鉄とJRを乗り継ぐ時にsuicaを先にかざし、更にパスネットを入れたら、エラーが出て駅員さんが飛んで来た。説明を聞いていても、suicaが地下鉄でも使えるようになったと理解出来たのは、数十秒後だった。
住んでいた時は地下鉄で移動する事が多かったので、駅の順番と乗り換えくらいはだいたい覚えていたのに、スムーズに思い出せない。
近所の酒屋とクリーニング屋は閉店してしまっているし、仕方がないので隣に出来たクリーニング屋に出そうと思ったら、自動受け渡しが出来なかったり、出来上がり日の指定が上手く出来なかったりと、やり場の無い怒りがふつふつと沸いてくる。
香港でも言葉の壁で生活力が落ちているのに、日本でも生活力、社会人力が落ちていると思うとなんだか情けなくなった。
なんて、嘆く反面、やはり日本には変わらず美味しいものがあるし、デパ地下に行くと、今日はあと何食たべるんですか?と自分に問いただしたくなるくらい買いたくなり、やっぱり帰って来たな〜と嬉しくなる。
そんなデパ地下で見つけてしまった。
二子玉川のピアレッテに行った後、お友達と一緒に高島屋のデパ地下で見つけたものは、男前豆腐店の「ジョニ男」と「ジョニ男ブラウン」。
豆腐に男前って何!!と驚いていると、店員さんは「蜂蜜やメープルシロップでも美味しいです。」との事だったので、デザートとして購入。そして『実録男前豆腐店マサヒロ』は、義兄マサヒロさんへのお土産として購入した。
店員さんは聞いてもいないのに「波乗りジョニーは私どもの商品ではございません」と続けた。そもそも『波乗りジョニー』なるものも知らなかったのだが、後でインターネットで見たら、何故こんなに類似商品があるのかまではわからなかったが、これもまた豆腐だった。

帰ってからホームページを見ると、豆腐屋さんのホームページとは思えない(はげしく音がするので注意!!)ものだった。
日本のスローフードの代表的なものである豆腐、朝早く向かいの豆腐屋さんから流れてくる豆乳を作る匂いや、それを作っているおじさんの黒いゴム製の大きな前掛け、大きな包丁で切っている豆腐、というものでは全くなかった。

メープルシロップをかけて食べたのだが、味は、クリーミーで、ムースというか、もっと滑らかなブランマンジェといった感じだろうか。
『マブ』というおぼろ豆腐も是非食べてみたい。
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# by hisa-i | 2007-08-07 02:49

K1修了

夏休みが来るとK1が終わる。K1とは日本でいう幼稚園の年少の事である。格闘技の事ではない。
夏休み明けからは年中に相当するK2が始まる。
別の幼稚園に行ってしまうお友達も多く、また、一日の多くを一緒に過ごしたアメリカ人の先生も同じ幼稚園の違う校舎に行ってしまうとの事だった。別れの時期である。
K1では、息子は、たまに行きたくないと泣いたりぐずったりしたものだが、今では、少しだが話す英語の発音だけでなく、英語を話す時の仕草もそのアメリカ人の先生にそっくりという程なついていた。
サマーコンサートで見せた熱心な指導も、遠足での子供と一生懸命遊ぶ姿、週一回のクラスレター、とにかく何をするにも一生懸命で、子供も疑問なく素直についていっている姿に、この幼稚園にして良かったな〜と思わせるものだった。
日本に帰るため、2日程早く幼稚園を切り上げる事にした。クラスの2/3程の子は、もうとっくに休みに入っており、最後の1週間くらいは、かなり和気あいあいとしたクラスだったようだ。
最後の日に香港人のクラスルームの先生に「きょうで最後です」と伝えると、「え〜!残念だわ」というようなことを言いながら、息子に手を差し伸べてハグ。ちょっと私もうるうるしてしまった。
そして、お迎えの時間、教室を覗くと、後ろを向いていたアメリカ人の先生がこちらを向いた。そして目が真っ赤!!どうしたのかと呆然としていたら「ママ来たわよ」と息子に言いながら、抱き上げハグ。どうやら、息子のために泣いてくれていたらしい。
そして私ももらい泣き。
最後ということもあり、前の日から用意していたTHANKSカードをそれぞれの先生に息子に渡させた。前日絵と自分の名前から2文字だけ書かせるのに、かなり骨が折れたが、先生も喜んでくれたので、私としても嬉しかった。
この一年、いろいろあったが、息子にとって良い幼稚園生活だったと思えた場面だった。
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# by hisa-i | 2007-07-20 02:55

サマーコンサート

最近息子が幼稚園の歌をよく歌っていた。それも振り付きで。
それは、年長さんの卒業式も兼ねたサマーコンサートで歌う歌だった。
もともと息子は振り付きの歌が大好きなので、家に帰るとよく歌ってくれたので、友達や私も一緒に歌ったりしていた。
あんまり何度も歌っていたので、随分自信もついてきたのか、幼稚園でも大きな声で歌って褒められたらしい。お迎えの時に先生が「家でも練習しているの?とても上手いわ」と言われたので、わたしもうれしくなり「ちゃんと歌えてえらかったね〜」と言ったら、「先生が大きい声で歌えたら飴くれるってっていった」という。飴で釣られたらしい。。

幼稚園から、サマーコンサート用の洋服の指定があった。
まず、午前の英語のクラスでは、白いクルーネックシャツにブルージーンズ、北京語のクラスではバスローブとシャワーキャップ、そして午後の英語のクラスでは赤いシャツに白いズボン!
赤いシャツ、白いズボンは持っていたのだが、それ以外は買いそろえた。また、白いクルーネックシャツは、どこに売っているのかわからず、探しまわっていたら、友達がくれたので、助かった。
そして本番。
まず北京語の歌。バスローブを来て登場。お風呂で体を洗っている歌らしい。b0003621_441592.jpg
そして英語の歌。女の子は、たぶん先生特製の50年代風のふわっとした何色ものスカートをはき、曲目は「DO YOU LOVE ME?」。
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振り付けは両手の人差し指を立て上に腕を振り上げて、前方を指しながら「ジュユラーブミ!」と叫び、その次の瞬間、走るように手を脇につけ、体をぶるぶるふるわすのである。ぶるぶるがかなり感じが出ていて面白かった。家でも何回もやっていたので、だいたい想像はついていたが、予想以上にノリノリでやっている。
先生は舞台下から同じように歌って踊り、子供たちを促すのだが、その先生のぶるぶるは息子のそれより、ノリノリでさすがな踊りで、私も夫も言葉が無かった。
私が幼稚園のお遊戯会では、喉が痛い鳩や蟻、蛸等で、甚く傷ついたものだが、息子はとっても楽しそうで、嬉しかった。
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# by hisa-i | 2007-07-10 03:25

お手伝い

最近息子はお手伝いをしたがる。
すこし前、ヘルパーさんが台所の洗い物をはじめると、急に、自分の使った水筒を片手に子供用の椅子を持ち、ばたばたとキッチンへ駆けて行った。
何事かとキッチンを覗くと、子供用椅子を踏み台にし、「これを自分で洗いたい」とヘルパーさんに訴えている。ほぼきれいになった台所で、息子は10分かけて、自分の水筒を洗い、ヘルパーさんはそれに辛抱強くつき合っていた。
その少し後、私が納豆をひきわり納豆にしようとたたいていたとき、またバタバタと子供用の椅子を持って来て、目をしばしばさせながら(最近、いろいろ考えているときにこんな顔をする。ちょっとまえのチック症状からの変形か??)それをやりたいと訴える。
一緒に包丁を持ち、まな板の上でべとべとの納豆をたたく。まだ粒のままのところがあると、「もうちょっとだね」といいながら、一生懸命挽き割りにしていた。
出来上がったので、器に入れていたら、「こんどはまぜまぜだね」と、普段、納豆を食べないのにそんなことばかり、よくわかっている。
自分で作ったものは食べるかも、という予想があったので、からしとネギは入れずに、醤油だけ混ぜさせたら、やはり次は「ちょっと食べてみる〜」と言った。食べてみたら、美味しかったのか嬉しかったのは定かでないが「出来た」と叫び、食卓へ。案の定ネバネバさせながら、いっぱい食べていた。
息子のやる気に、息子以上に張り切る私は、(それで息子に引かれてしまう事も多々有り)早速子供用の包丁をインターネットで検索。さすが、子供向け料理教室も多い昨今、子供用包丁も何種類もある。息子と一緒に、どれが良いか選んでいたら、ボウケンレッドの赤が良いとのこと。赤つながりでしかないのだか、それにする。やはり、未だにボウケンジャーは彼の頭の半分は占めているのだろう。
たまたま夫の日本出張があったので、持って帰って来てもらおうと、ネットショッピングで購入した。
息子は夫が日本へ行くときに、「(包丁で切るまねをしながら)これ買って来てね〜」と頼んでいた。出張中は何も言っていなかったのに、出張から帰ってくると、まだ荷物もほどいていない夫に「(やはり包丁で切るまねをしながら)これどうした?」と聞いてむりやり出させて、開けてみてにっこり。「やるよ!やるよ!」と大張り切り。
納豆につづき、オクラ、キャベツ、アボカドと順調に切り、食べ、していたのだが。。
今日は難しいかと思ったのだが、食べてもらいたい、ということから、トマトを切らせてみた。
まだ上手では無いので、押し付けるように切ると皮が滑るトマトは、危なっかしい。私が手を添えて,やっと切り終わり、二人ともできた!と喜んでいたのだが。いざ食卓へ運んでみたら、「トマトは嫌い。。」と食べない。
目論み過ぎは失敗のもとである。
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# by hisa-i | 2007-05-23 07:09

京都番外編。息子の初恋

京都2日目、部屋で出かける準備をしていると息子がいない。
部屋の中は、どう見てもいないので、部屋の外に出てみると、階下のロビーから話し声がする。驚いて夫が迎えに行き、帰って来たら、「なんでじゃまするの!!いまお話ししていたのに〜」ともの凄い恨みがましい顔で睨まれた。えぇっ!とびっくりし、「誰と話していたの?」と聞くと、「おねえさんだよ〜」と涼しい顔。ふ〜んと聞き流していたら、次の日もまた同じ状況で行方不明に。夫と顔を見合わせて、そーっとロビーを覗くと息子が、昨日の夕飯時に来てくれていた20代半ばの仲居さんにボウケンジャーの説明を楽しそうに一生懸命している。その仲居さん、熊本弁で、「今日はどこいったと?○○ちゃんは何が好きかと?」とやさしく聞いてくれて、息子はすっかり好きになったようだった。
仲居さんも、忙しいだろうに、息子の話しに、うんうんと聞いてくれていた。大丈夫かな、と少しほっといたら、5分くらいで戻って来て、「今日は、じゃましないでくれて、ありがとう。」だって。
その日の夕食は別のもっと若い仲居さんだったのだが、「なんで違うお姉さんなの?あのお姉さんは?」と聞いてくるので、「そんなこと言わないの」なんていいながら、ばつの悪い思いをしていたら、例のお姉さんが来てくれた。息子は大喜びで、今日あった事を話していた。
香港に帰ってきてからも、京都に今度いつ行くの?とせっつかれている。
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# by hisa-i | 2007-04-23 06:13

京都最終日

前2日の様に、おいしい朝ご飯を頂き、とうとうチェックアウトの日を迎える。居心地の良いお部屋、檜のお風呂、日本語でのホスピタリティーあふれるサービスとももうお別れ。。
11時のチェックアウトまで、あたりを散歩し、昨日の夜見た、しだれ桜を見に行く。帰って来て、檜のお風呂にもう一回。
息子は、名残惜しげに、初恋の仲居さんに別れを告げ、旅館を後に。
そして、夜桜の見れなかった清水寺へ。
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まだ、満開まですこしあったためか、またはそれが京都ならではなのかは、わからないが、東京の様に、「とにかくこれが桜です、桜以外は見ないで下さい」というような感じではない。それが、また山霞のようで、情緒あふれるのだが、すこしだけ、東京の桜が恋しくなった。
清水寺を後にし、参道でお土産物を物色。もう10年以上前に夫と二人で来た時に買った湯葉屋さんを発見!あの時は、生湯葉のなんてほとんど食べた事が無かったので、お土産に買って帰って家で食べて美味し〜と思った事を思い出した。今回はどう考えても生湯葉は無理である(泣)。
茶わん坂と参道を行ったり来たりしながら選んだ、清水焼の皿を購入。夫は自分の湯のみと息子の湯のみを選んだ。私のも選んでくれたのだが、う〜んとうなり、今回はいいかな、とお断りした。
そして今日のメインイベント、お昼ご飯は室町和久伝へ。
事前に子連れと伝えてあったためか、個室に通され、子供用には、予約時に伝えておいた焼き魚と塩むすび。息子は相変わらず、ごちそうさまの後はボウケンジャーで遊び、私達はゆっくり京都での最後の食事を楽しむ事が出来た。
食事の後は、円山公園へ。今まで京都っぽさを存分に味わっていただけに、屋台の出ている東京の家の近くの飛鳥山公園を思わせる円山公園にちょっとびっくりした。息子は金魚すくいならぬボウケンジャーすくいに挑戦。結局、とれてもとれなくても1個もらえるので(2個以上とれても1個しかもらえない)取れなくても息子に泣かれる事もなく、この日は特に子供用の予定が無かったこともあり良かった。
京都駅から新幹線で大阪へ。早いからと新幹線にしたのだが、タクシーで行きたかった夫は、駅で荷物を受け取るところから、むくれている。その上、新幹線には、スーツケースを入れるところが無かった。空いていたし、子供の席も取っていたし、ほんの十数分なので、座席のところに置き、それ程大変ではなかったのだが、国際空港から新幹線にのる距離に住んでいる人は、スーツケースをどうしているのだろうと心配になった。
そして大阪へ。大阪では、鉄板焼きのお店で夫念願の和牛を食べた。息子も牛肉炒飯なるものをぱくぱく。
香港に帰る日は、その前にデパートのおもちゃ売り場で、あこがれの日本のおもちゃを買い、本屋で絵本を仕入れる。デパ地下にも行きたかったのだが、時間がなかったので、夫に阪神デパートでバームクーヘンだけ頼み、3月に大阪に帰国した友達のところへと向った。
約1ヶ月ぶりの再会。3歳半にもなると、少し会わなくてもよく覚えている。公園でしばらく遊び、また会おうねと別れる。
香港に住んでいると、知り合ってもすぐにお別れなんてことは、日常茶飯事なのだが、こうして、日本全国に友達が出来ると思えば、それはそれで、素晴らしい事である。息子もわかったようで、香港に戻ってからも、「Jちゃんいなくなっても、また大阪いけばあえるから寂しくないね〜」と言っていた。
にわかに決めた旅行だったが、桜も日本も満喫出来た楽しい旅行だった。
夫もにわかに参加だったのだが、「日本を感じるために帰るのであれば、京都の方がいいね〜」なんて言っている。その意見には同感だが、私は東京にも帰りたい。
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# by hisa-i | 2007-04-23 06:02